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初代パルサー(N10)編
(いくら走っても疲れない)
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パルサー(N10)編

■いくら走っても疲れない

N10パルサー初期、車種追加時のカタログ表紙

昭和45年秋、初代チェリー登場。
排気量は1Lと1.2Lの二本建てで、何と1.2はツインキャブのみ…
日産は当初から、このクルマに単なるエントリーカーの性格付けのみでなく、はっきりとしたスポーツイメージを持たせていた。
面白いのは、そのメカニズムで、FFを成立させるため、ミッションをエンジンの下に配置した二階建て方式を採用した事だ。
これは、あのミニの思想に影響された事は、明白な事実であった。

そして、コストの削減と整備性の向上を狙って、ファイナルギヤには、何と!ヘリカルギアが採用されていた。
これによって、独特のギヤノイズを発生する事となり、苦し紛れに日産は「魅惑のノイズ」などという、珍妙なるキャッチコピーで宣伝していた。

このメカニズムは、後々パルサーがマイナーチェンジするまで、踏襲される事となった。

昭和53年5月、チェリーの後継車として「パルサー」が登場した。
キャッチは「パルサーヨーロッパ」。
当初は、2ボックススタイルながら、4ドアのセダンでリリースされた。

2ボックスなのに、ハッチが無い!当時はシヴィックだってセダンから始まったのだ。

チェリーの生い立ちが、プリンスからである事は、周知の事実であったが、このパルサーも実は脈々とプリンスの血筋が流れていた。
その外観は、当時のスカイラインGC210の流れを汲み、ウエッジ・シェイプであり、メーターもスカイライン譲りの水平0指針であった。

スカイライン譲りの水平0指針。足元を広くする為に、あえてコンソールボックスが無い。

9月には、本命とも言える「ハッチバック」と、スポーティな「クーペ」が追加された。

シリーズ完成!実はこの時点でセダンの存在意義が…

足回りは4輪ストラットのシンプルな構造で、下級グレードには、スタヴィライザーさえ付いていなかった。
おかげで、下りのコーナーでアクセルを離そうものなら…タックインを超えて、即スピンという、今からでは信じられないセッティングであったが、一方、ストラットならではの、ストロークを生かした、豊かな乗り心地に「いくら走っても疲れない」との賛辞の声があがった。

実は僕のお気に入りの「クーペ」。このアングルから見るといかにもスカイラインって感じがしません?

チェリー、初期型パルサーの特筆?すべきメカに「スポーツマチック」がある。
構造は、トルクコンバーターに前3段、後進1段のミッションを持つ、トヨタのいう「ガチャガチャAT」である。

「オートマチック・パルサー」いえいえ正確には「スポーツマチック」です。

もちろん、Dモードから発進できるが、そのスタートは新幹線並のスムーズな、かったるいモノで、一度経験すれば二度と使いたく無くなるモノであった…

一番、適切な使い方は、Lモードで引っ張り(80kmまでOK)、Dモードに突っ込む!そしてODモードへと………

実は、変速はシフトを触ると、自動的に電磁クラッチが切れるという、ごくごくシンプルな構造で、走行中にシフトを触ろうモノなら…

オートマなのに、シフトが必要…後にトヨタが「オートマなのにガチャガチャAT」とコキ落とされてしまった。
しかし、考えてみると現代のマニアルモードの先鞭かも!?

ヨーロッパの合理主義と、プリンスの技術者魂の傑作であるパルサー。

確かに、広く乗り心地も快適であったが、例のヘリカルギアの騒々しいノイズ。
2階建てのエンジンとミッションも、ドライブシャフトが不等長になるなど、かなり荒削りな面があり、後のマイナーではパワートレインの大々的な構造変更を余儀なくされてしまった。

しかしサニーには無い、独特の雰囲気で一世を風靡した事は間違い無い!

現在は、意思の無い、車種統合によって、廃止されてしまったが、今こそパルサーのようなキャラクターのクルマが必要では無いだろうか。

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