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進化 !KPGC10 GT−R見参
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HT GT−R登場!

1970年の春、日産村山のテストコースを1台の覆面をしたクルマが走っていた。。。
そのクルマこそが、日産ワークス待望の型式名「KPGC10」2ドアハードトップGT−Rであった。。。

通常、4ドアベースのクルマを2ドア車、しかもHTに仕上げると重量が増したり、ボディ剛性が悪くなるのが
通例だが、このGT−Rだけは違っていた。
その秘密は・・・ボディサイズを見れば一目瞭然であった。

4ドアGT−Rに比べて、全長は65mm短く、幅は55mm広く、全高は15mm低くしつらえていた。
なんと言っても、回頭性の向上の為にホイールベースが70mmも短縮されていたのだ。。。

なぜ、日産は通常居住性や生産性の悪化を恐れて、同じ車種にサイズの違うクルマを造る事を嫌う中で、
運動性を上げるためとは言えダウンサイジングをしたのか?
ここに、興味深いデーターがある。。

KPGC10
馬力250ps、車両重量1030Kg、空気抵抗係数0.00516
ファミリア・ロータリー・クーペ
馬力200ps、車両重量810Kg、空気抵抗係数0.00389
カペラ・ロータリー・クーペ
馬力230ps、車両重量930Kg、空気抵抗係数0.00422

いかに、HTになったとはいえ、それでもGT−Rは重く空気抵抗の大きなクルマだったかが、この数値から
分かるだろう。。

当時の日産のコンピュータ解析によれば、富士を同じラップで走行するには、GT−Rに比べて
カペラは30PS低い馬力で、ロータリークーペに至っては50PS低い馬力で可能である・・・
と割り出されたのである。。

もちろん、クルマは馬力だけで性能が決る訳ではないのだが、このデータを取っても、ロータリー勢は手ご
わい相手だという事が分かるだろう。。

GT−Rは、エンジンの馬力向上と空力の改善で、これらのライヴァルに対抗していたのだ。。

10月23日、日産は富士スピードウェイを借り切り、
HT GT−Rに、4ドアGT−Rから移植できる部品を
全て移植して、初めての走行テストを行った。。

そこで、改めてHT化による性能の向上が著しい事
が判明した。
まったく無理をしないで、軽く流してなんと、4ドア
GT−Rのベストラップと同等かそれ以上のタイムを
叩き出していたのだ!!

あまりの性能の向上に、ドラヴァーの感覚が付いて
ゆけず、4ドアのつもりでガスペダルを煽ると、オー
ヴァースピードになってしまい、ついには100Rでクラッシュしてしまった・・・

ここで新たに幾つかの問題が浮き彫りになった・・それは・・

1).空気抵抗が減った事により、回転数の上昇が早く、速度も高くなるのでエンジンの回転数が平均500min-1
ほど高くなってしまった。。

2).4ドア用のフロント24mmのスタビライザーでは、高速コーナーではアンダーステアが強く走りにくい。。

HTボディ形状による空力の大幅な改善により、より高速走行が可能になったGT−Rであったが、逆にこれまで
とは違ったアプローチが必要になったのだ。

まずは空力だが、従来の4ドアよりフロントの「揚力」が多少増加傾向にあったので、対策が必要となった。
しかし、空力的パーツの開発には時間が間に合いそうに無かったので、タイヤの幅の拡大と適切化によって空力
的な面と、アンダーステアの改善に努めることにした。

この時、HT用にフロント8.5インチ、リヤ11インチのタイヤが採用される事になった。
さらに、エンジンの回転の上昇スピードが早くなった代償に、クラッチの問題が発生するようになってしまった。。

クラッチのボルトが破断するようになったのだ、この対策にはボルトの形状変更や材質の変更を何度も行い、
なんとか対策できるようになった。

これらの対策が施されたHT GT−Rは、1971年3月に入ってすぐの走行テストでは、最初のテスト時より2秒
以上タイムが向上するようになっていた。。

そして3月7日、ついにサーキットにHT GT−Rがデヴューした、ドライヴァーは「黒澤」。
ここでも、GT−Rはライヴァルを物ともせず、優勝したのである。
続けて3月は21日、4月は11日、25日とHT GT−Rは連勝し、「40勝」をマークした。

そして5月、伝説の高橋と長谷見の、0.02秒差という
ワンツゥフィニッシュの日本GPへと繋がったのであった。

('71年日本GPについては
http://carlife.carview.co.jp/User.asp?UserDiaryID
=207014

をご覧下さい)

ここまで不振のロータリー勢だったが、カペラの
投入が決り、馬力でも空気抵抗の面でも、GT−Rに
充分に勝てる!と「マツダ」は踏んでいたのだが・・・

翌年からは、レース用に開発がされていた「ペリフェラル
ポート」が禁止されてしまった。

禁止された「ペリフェラルポート」の代わりとして、市販車と同じ「サイドポート」で、いかに馬力を出すか・・・
この回答を求めるために「マツダ」も苦心を続けていく事になったのだった。

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