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発掘 コスモスポーツがニュルを激走!
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どうしてコスモスポーツなのか!??
GT−Rとロータリーの激闘なのに、なぜいきなりコスモスポーツの戦績からなのか?そんな疑問の声が
聞えて来そうだが、通称「ハコスカGT−R」と、マツダ・ロータリーとの死闘を紐解くにはどうしても
ロータリーがいかにモータスポーツに関わったかを明確にする必要があるのだ。

そこから「GT−R」と「ロータリー」の激しくも美しい戦いの様子を綴って行きたいと思うのだ。。。

コスモスポーツニュルを激走する!
皆さんはコスモスポーツが「スポーツ」の名に恥じない充分なモータースポーツ活動をしていた事をご存知
だろうか?

国内では、コスモスポーツのモータースポーツへの参加は積極的ではなかったが、なんと当時のマツダは、
国内のレースシーンでロータリーの潜在能力を見せ付けるより、いきなり国際的な知名度の高いレースに
参加する事によって一気に国内も国際的にも「マツダ」のブランドと、「ロータリー」の実力を世に示そう・・
と画策したのだ。。。



コスモスポーツは1967年5月に世界初のロータリー搭載車として開発した美しいツゥーシーター・ノッチ
バック・クーペであるが、マツダは広島の宇品工場内に「コスモスポーツ」専用のラインを造り、並々ならぬ
意欲で、ほとんどハンドメイドに近いライン化による量産を始めていた。

しかしながら正直なところ、日本国内では後発メーカーの悲しさ・・・、たとえ「ロータリー」をもってしても
大幅な拡販には繋がらない・・・という判断が働き、勢い輸出にもウェートを占めよう・・・という苦肉の策で
突然の国際的なレースへの参加となったのだ。。

選ばれたのは「マラトン・デ・ラ・ルート84時間耐久レース」・・つまりニュルブルクリンクを84時間走り
きる・・・という過酷なレースであった。。

1968年二台の欧州名「MAZDA110S」、「コスモスポーツ」は、市販車の「マツダ・ロータリー」の特色
である「サイドポート」だけでなく、高速域でも性能を発揮する様に、高速域ではシャッターが開いて「ペリ・
フェラルポート」で吸気できる様にチューニングした10B型ロータリーを開発しレースに臨んだ。

84時間という長丁場を考慮して馬力は130PS7000min-1に抑えられたが、1トンにも満たない軽量
ボディの「利」を生かし、そのポテンシャルは「想像を超えていた」ものだったという。。。



果せるかな、二台の「MAZDA110S」は、先行する二台のポルシェと一台のランチャを追撃し、なんと
4番手5番手でレースを進めていた!!

これには、欧州のメーカーもマスコミも度肝を抜かれたのだ!!

考えて見ても欲しい、昨日まで欧州では、その名を知られる事も無かった、東洋のローカル・メーカーが
いきなり、未知のロータリーを搭載したクルマをニュルブルクリンクに送り込み、ポルシェとランチャを
追い回しているのだ!!!

そりゃポルシェだって驚く訳だ。

しかしながら、レース最後の一時間のところで片山義美/片倉正美の110Sはプロペラシャフトの脱落と
いうトラブルに見舞われリタイヤ!!

それでも残りの外人組の110Sが、なんと初出場で4位という成績で入賞して、当時の欧州では大騒ぎと
なったのだ。。。

まったく、当時からマツダというメーカーは、我々を驚かす事をやっていたのだ。。。

その裏には、技術的に優れたモノを造っても、悲しいかな「後発」というハンデの為にTOPを狙えない・・
という現実が、常にチャレンジングな体質を作った・・・という事実があった事を忘れてはならないだろう。。。

この翌年、マツダはよいよ本格的な「量産ロータリー車」である「ファミリア・ロータリー・クーペ」にてリヴェ・
ンジを目論むのだが・・・・

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