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セドリック/グロリア(430)編
(カーエレクトロニクスの老舗…)
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セドリック/グロリア(430)編

■旧来のカベを破った高級車

時代がどんどん進んでいく中、何故か高級車と呼ばれるセグメントのクルマ達の内容は旧態依然であった。足回りは330系でさえ、フロント旧タイプのダブルウイッシュ・ボーン、リア板バネ。

確かに、外観はピラーレスのHTをまとったりしていたが、内容ははるか昔のアメ車の様相を呈していた。

そんな、旧来のメカニズムを引きずった高級車の世界に新星が現れた。
それが430系のセド・グロであった。

430グロリア(前期)のカタログの表紙

まずは足回りだが、フロントはキャリーオーヴァーのW・ウイシュボーンだが、リヤには、5リンクコイルによるリジット方式が採用された。

何よりもエクステリアが330系のコークボトルデザインから決別し、直線基調のプレーンな面構成となった。
このデザインによって、後方の視界が劇的に改善され、またリヤのクオーター・ウインドウによってさらにルーミーな室内になった。

430グロリア、サイドヴュー。直線基調で平面構成である事が良く分かるショット。イメージキャラクターは皇帝ジャックニクラウス。

この頃は、まだクラウンがフレーム付きのシャーシーで頑張っていたが、重量増加のデメリットは別にして、ボディと駆動系、サス系の縁がフレームによって遮断されるので、騒音振動対策が容易であり、騒音振動がセド・グロのウイーク・ポイントとして上げられていたが、430ではモノコック・ボディでありながら、入念な振動騒音の遮断措置が取られた結果、騒音振動の侵入が激減され、特にグロリアでは「サイレント・グロリア」というキャッチコピーで盛んに宣伝されていた。

覚えろ!と言っても無理なワイド・ヴァリエーション! セダン、HT、ワゴン、それぞれに排気量の違うエンジン、そしてディーゼルが…


もうひとつ、430には大きなポイントがあった。それは、カーエレクトロニクス化であった。
特にECCSを最初に採用したのが430で、おじさんたちは、コンピューター付きのクルマを下さい!と真顔で販売店に行ったという逸話まで残されている。

カタログのECCSの説明の拡大図を参照願いたい。
今から思うと「?」「?」「?」というコメントが並んでいるが、思想的には、エンジンを含むクルマの制御を管理しようという今後のクルマ達に与えた影響は絶大であったと思う。

2.8Lもあって145PS(しかもグロスで)…現代のクルマならネットで2Lで達成できる数値だが当時はこれで充分ハイパワーであった。しかし、なんでECCSにするとクリープ現象が無くなるのかは永遠の謎である。

クラウンを撃墜するまでは至らなかったが、430は比較的に好調なセールスを続け、そして何よりも1979年12月には国産車初のターボモデルもリリースさせて、販売の手を緩める事は無かった。
この代になり、クラウンには2DR H/Tがあり、パーソナルユースへの対応としたが、430には2DR H/Tは無くなってしまった。しかし、430はターボモデルの追加によって、「ターボS」なるハードサスペンション、5MTを採用したモデルを販売し始めた。つまり、2DRモデルでは無く、4DRモデルで、装備やメカニズムを変える事によってパーソナルユースを吸収しようとしたのである。
クラウンもこの後のモデルからは、2DR H/Tを採用せず、4DRに特化した事を思えば、430のセダン中心の思想は間違っていなかった・・と言えるであろう。どだい販売台数の望めないLクラスで、コストばかりかかる2DRを作りつづける事は、困難であったであろう。

セドリックマイナー前

1981年4月には、外観的には大型ウレタンバンパーの採用、フロントグリル、リヤパネルの意匠変更を主としたマイナー・チェンジが敢行された。
このマイナーチェンジで、ますます直線基調が強調される事となり、合わせて質感の向上が図られた。

私的には、確かに外観の特にフロントのバンパー部の質感は上がったが、ノーズのスラント角とバンパーのスラント角が一致しておらず、違和感を覚えた記憶がある。(今、見てもグリル部とバンパーの角度が不自然に感じてしまう・・)

セドリックマイナー後 それにしても、このワイヤーもどきのホイールカヴァーは、後々まで入手が困難なほど流行した事は記憶に新しい。

まあ、そんな不自然さは感じたが、イマイチ、バンパー部のデザインがマイナー前ではゴチャゴチャしてたのが、シンプルになり、特にホワイトのボディカラーは美しいと感じた。こうした努力を重ねて言ったお陰で、430はモデル末期までコンスタントに売れ続けていた。

内装に付いても、木目を基調にした明るい感じになったが、ここでも外観同様に。直線平面基調のデザインがなされ、マスコミからは「日産絶壁インパネ」と、外観とは裏腹に酷評された。

木目のフェークに、ブルーの内装…そんな恐ろしい組み合わせが当時の国産車にはまかり通っていた……

しかし、シートのヴァリエーションは豊富で、セパレート、ベンチ、そして材質、カラーリングも多種に渡り、単純なグレードの他にも、選択肢が増したのは良かったが、カタログの巻末の主要緒元は複雑、ページも増大してあまりにも増え過ぎたヴァリエーションの為に、本当に読むのもおっくうになってしまった…。

ボディ・ヴァリエーションだけではない!内装だってワイド・ヴァリエーションだった。セパレートシート、ベンチシート、フルフラットシート、本皮、ファブリック、ビニール、青、ベージュ、ブラウン…

そうそう、ワイド・ヴァリエーションの申し子と言えば……後期のみにラインナップされた「2000ターボSGL-F」というグレードに触れなくてはなるまい。

1978年11月に、国産車初のサンルーフを標準で装着した初代プレリュード以来、じわじわとサンルーフ人気が浸透していた。

何と言っても、後付けでオートバックス辺りが、サンルーフの加工を行っていたくらいだ、そんなサンルーフ人気をメーカーが見過ごすわけは無かった…

430でも、後期に入ってサンルーフが標準で、しかもターボという「鬼に金棒」的なモデルを投入した。
シートの表皮も明るい色調で、あくまでパーソナルユースを主眼に置いたモデルであった。

これが幻の2000ターボSGL-Fだ!

まあ、狙いところは良かったのだが、まだまだLクラスをパーソネル・ユースで乗ろうというニーズは少なく、また、ピラーレスの4DR H/Tの宿命か、劣悪なボディ剛性の上にサンルーフなのだから、新車時からギシギシ・ミシミシと…

このグレードも、モアレア車と言って過言では無いだろう…あ〜合掌。

セドリックと言えば、TAXIユースに付いて触れなくてはならないだろう…。
従来からTAXIと言えば、Lクラスが主流であった。もちろん430にも、早速TAXI仕様がリリースされた。

後期型のTAXI仕様。それも高いグレードである。

上位グレードは、ほぼ通常のセダンのデザインだったが、今や懐かしいグレード名となってしまった、スタンダードに至っては、徹底したコストの削減と業界の要望を取り入れられたデザインがなされた。

こちらが一般的なTAXI仕様。まだまだヘットランプは丸型が安くて、な・なんと430の特色である、リヤのクオーター・ウインドがコスト削減でハメ殺しになってしまっている。

まずは、夜間の走行も多く交換の頻度も高いTAXI用途に合致させる為、ヘットランプは丸型にして、ヘットランプ周りの数本のネジで簡単にランプ周りのグリル部のみが取り外しできる様にした。そうする事によってランプの交換が簡単にできる様になっていた。また、バンパー部やボディ外装部のモール類も一切取り外され、なんとバックミラーも本体は手動の金属製の薄手のモノが採用されていた。

一番の驚きは、430セダンの最大の特徴であった、リヤのクオーター・ウインドがハメ殺しにされて、一種独特な雰囲気を醸し出すに至っている。

内装に至っては、メーター類の搭載が容易なように、スタンダードに絞ってだが、空調のダクトやメーター類の配置を変えてまで、TAXIユースに沿った改造がなされていた。

果たせるかな、430のTAXIは多く売れて、この後のY31のTAXI市場の大御所としての揺るぎ無い地位の、その礎を築いていった。

TAXIグレードの写真。こちらはおそろしく単純で明快。

430は、先代の330の反省から、徹底したニーズの分析を行い、HITしたモデルと言えよう。特にその外観ばかりが、クローズアップされるが、実はECCSを始め、1981年6月には、それまでの日産車のウイークポイントのひとつであった、ATの改良が再上級モデルのブロアムのみであったが、行われた。

まずは4速化と、なんと現在までのATのスタンダード仕様とも言える、フルロックアップATを追加した。

こうして見ると、430もチャレンジングで、なおかつユーザーのニーズを常にセンシングしていたモデルであって、ただデザインが良かったからでは無く、日産の販売努力との相乗効果で売れたモデルだったのだろうと思うのである。

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